彩のある人生

i-ppoたおか 田岡正臣 経堂 ネコ 東京 陶芸
漆絵の皿

大抵の場合、仕事一筋のサラリーマン人生が世間的にも否定されるのは、その仕事が組織仕様、会社仕様に合わせたところにあり、自分の本当にやりたい事と一致しているのが稀であるからでしょう。

その証拠に、芸術家やアスリート、学者、科学者などは、仕事一筋の人生が非難されるどころか、称賛の対象になっています。組織や世間仕様の成長戦略に自分を合わせる必要などないのですから。

では、芸術家やアスリート、学者、科学者なら、仕事一筋の人生でいいのか、というと、もし自分ならと考えれば、そうは思いません。

ここからは、かなり独断と偏見で書きますが、人生の楽しみ、喜び、奥行き、満足感を味わうためは、たったひとつのことに集中するには、勿体ないのではないか。

ひとつのことに集中した人生を送ると、最終ゴールが100ならば、80辺りまでいくと、エネルギー効率がとても悪くなるのではないか、と思うのです。

この辺りを突破して、初めてそのジャンルで選ばれた一流、巨匠になると思うのですが、この道一筋の人の、楽しみ、楽しさ、奥行き、満足の総量は、色々楽しむ人より、少ないと思うのです。80を超えた辺りから少し先を進むのに、膨大なエネルギーを消費するのではないか。

それこそ、この世は千差万別な楽しみ、喜び、ワクワクで溢れています。特に、どんなことでも、初期段階辺りまでは、大いに楽しめます。

色々なことを経験した人の、喜び、楽しみ、プラスの総量は、(この道一筋の人には失礼ながら)、この道一筋の人の楽しみを、大きく超えるのではないか、と思っています。

自分は、これを「彩(いろどり)のある人生」と思っています。こんなことを直感的に10年前ぐらいから思っていたようで、今現在も、生活の中で、ベクトルの違う様々な楽しみを沢山持っています。 ハンドメイドでも、様々な素材を試したり、新しいことにチャレンジしたりするは、そういう思いがあるからです。

 もちろん、大家・巨匠と呼ばれる人、名人と呼ばれる人、歴史に名を残す人は、この道一筋の人です。

 植村直己のような、この道一筋に突き進む人を尊敬する気持ちは、僕も持ち合わせています。

ただ、自分はこの一筋を極めて頂上を目指すより、出来る限りたくさんの種類のワクワクを経験したい、そういう思いで、物作りに臨んでいます。