明日からイベント

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なにやら相談中

 昨年の122日のネイアニから、久々のイベント参加です。

イベントは、明日16日から2日間、恵比寿で開催される「ジャパンテディベアフェステイバル」です。

今日315日、ブースの設営に行ってきました。このイベントは、前日に設営が出来て、個人的には、この方が気楽で好きです。

しかも、うっかり一部の作品を自宅に忘れていて、これが当日の朝のことだったら、大変なミスでした(明日持っていきます。)。お隣の方は、展示品にかけるカバーを忘れ、作品だけを持ち帰っていました。

ジャパンテディベアフェステイバルは、今回で3回目、ブースの位置も3年間全く同じなので、やや緊張感を欠いていますが、来週アイドール(1週間後に別のイベントというのは初体験です。)を控えており、今回の売れ行きによっては、来週持っていくものが少なくなってしまうので、ここ数週間は、アイドール用に別途作成していました。さらに、加藤日砂さんプロデュースの「射光展」にも参加予定で、これが44日からの開催になりますので、このイベントのためのオリジナル作品も並行して制作したため、今月は、ここ数年で、最も忙しい月になってしまいました。

(イベント前の数日間はやることがなくなって、ダラダラするのが通例ですが、今回に限っては、ギリギリまで制作していました。)

でも、先ほど書いたように、このイベント自体には相当慣れ親しんできたため、リラックスして参加できますので、少し肩の荷を下ろして、ホッと一息つく感じです。

ブース位置も毎年参加の方は、結構固定しているので、周囲の方もお互いが顔見知りになっており、その点も有難いです。

この後の予定は、今決まっていることころで、5月に世田谷梅が丘のギャラリーに出展、6月がドールワールドフェスティバル、7月がテディベアコンベンション、8月がアイドール、9月がU15ABCと、当分ずっと作り続けることになりそうです(その合間にネット販売もやりたいのですが、何回出来るか・・・。)。

 

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実力とマグレ

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いろんな鳥がいるね

三浦朱門のエッセイで、なるほどと思った話。

三浦は、アスリートの例をあげて、次のように、マグレに振り回される人生を説明していました。

100メートルを平均10秒3で走る陸上選手がいたとする。この選手がたまたま、絶好調で、10秒を出した。ここが不幸の始まりで、この選手は調子の悪い時は10秒5で、最も調子の良い時が10秒2なのである。周囲は、10秒が切れるかもしれないと言い、本人もこれを目指そうとする。オリンピックの強化選手に選ばれ、死ぬような苦しい努力をし、調子の良い時は、10秒1~2の記録が出せるようになる。さて本番で、10秒2の記録を出し、予選落ちしたとする。周囲はガッカリし、本人も挫折感を味わう。本当は、当人の記録の中ではベストの部類でも、マグレで出した記録に引きずられて、周囲の評価に引きずられて苦しい不幸な人生を歩むことになる。」

いかがでしょうか。アスリートにありがちな話ではないでしょうか。

しかし、アートや音楽などの世界では、結果が数値で出ないので、もっとたちが悪いと思います。三浦朱門は、エッセイの中で「もっと謙虚になり、自分の中で最低レベルがどこか、をよく理解しておけ」と書いています。

ハンドメイドの世界も、良し悪しが数値で測れないので、たまたま、まぐれで良い作品を作り、周囲の評価を得られれば、それが自分の実力と思い、その後、(本当は不調ではなくても)自分の不調に苦しむことになるのです。(マグレで賞をとったりすると、もっと悲惨です。)

その程度の実力なのに、スランプだ、おかしい、と悩み続けるのですから、どちらかというと喜劇です。

特に作家としてのスタート時点でこのマグレがあると、そもそも、自分の才能やレベルを度外視して、大きく勘違いをしてしまう危険があるのではないでしょうか?

自信があることはいいことだと思うのですが、自分の中の最低レベルだけは、出来る限り正確に理解しておきたい、と思います(ちょっと辛いですが、失敗作などない、すべて実力のうち、と考えて間違いないかも。)。

 

 

 

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売れ線について

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一見、こわもてですが、やさしい子です。

ハンドメイド作家が、自分の作品が思うように売れない時、これが長く続くと、ついつい「売れ線」寄りの作品を作ろうと思ってしまうことがあります。

たまたま、自分の作りたいものと、売れ線が一致していれば、なんら問題はないのですが、大抵の場合、個人的には大して作りたくないのだけれど、自分のテイストではないのだけれど、売れているからやむを得ず作ろう、ということになります。

この売れ線には、流行で売れ線になっているものと、その時代の王道になっているものがある、と僕は考えています。

もちろん王道といえども、長いスパンで見れば、変わっていくのですが、流行を少し超えたところにあり、数年でコロコロ変わるものではありません。

アクセサリーなど、他のジャンルのことは判りませんが、動物の人形・ぬいぐるみにも売れ線があります。

モチーフでは、最近はシマナガエがブームのようで、ハンドメイド作品として、あちこちで見かけます。

王道は、猫(一時ブーム的なもてはやされ方をしていましたが、もはや王道だと思います。)やクマ、ウサギなどでしょうか。

外観的なことで言えば、ディズ〇ーや、サン〇オのような、シンプルで、子供顔の愛らしい作りが王道ですが、モチーフはまだしも、ハンドメイド作家がこれらの外観を意識した作り方になると、個人的には、日和(ひよ)ったな、という風に思います。

テディベアでも、売れている特定の作家さんの作りを意識して似せて作るのは、作家の魂を売るのに等しく、売るためとはいえ、これだけはやりたくないな、と思います(その作家が好きだったので、無意識のうちに似てしまった場合は別ですが、周囲に指摘された時点、あるいは、自分で気づいた時点で、路線変更するのが潔いと思います。それにしても、〇ッピーココさん似の作品は異常なくらい多いですネ。)。

 

可能な限り、王道やブームに乗らないで、売れ線から遠い、ワンアンドオンリーな作風を貫けたら良いな、と思いますが、なかなか険しい道ですけどね。

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ハンドメイドの良さ

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なかよし親子

このブログは、ハンドメイドのことを中心に書いていますが、プロダクト商品と比べて、価格は全く異なります。

それは当たり前の話で、一人(あるいは少数)の人間が手作りしているものと、工場で大量生産しているものとを、比較することに無理があり、1個当たりの制作(製造)時間と製造原価は、圧倒的にプロダクト商品の方が、効率頑張っていいので、価格を低く抑えられるのです。

 

それでも、ハンドメイドに興味のない方で、ハンドメイド作品がやたらに高価だと思っている人も結構います。

このブログを読んでいる方ならご存知の通り、コスト(特に人件費)から考えれば、ハンドメイド作品の方がプロダクト商品より、圧倒的に安いのです。

ハンドメイド作家の中には、自分の要した制作時間から考えて、単価数百円で作品を販売している人もいます。

 

まあ、本人が楽しんで制作している限り、単価を問題にするのもナンセンスだとは思いますが(楽しんで、しかもお金が入ってくる、という意味で。)。

さて、ここからが本題ですが、プロダクト品とは、その性質が全く異なるハンドメイド作品なのに、プロダクト品のようなものを、大量に制作しているハンドメイド作家もSNS上でちらほら見かけるのです(特にアクセサリー関係)。

 

ああ、これは大量生産できるな、と思えるものは、当然買い手は、プロダクト品と比べます。

価格では、全く勝負できないと思うのです。

 ハンドメイドの良さは、究極は、この世にひとつしかないもの、仮に同じようなものがあったとしても、夫々どこか違っている、ところにあります。また、大勢の方には受けない(の製造業者が採算に合わないので、プロダクト化しない。)が、少数の方には、熱烈に受け入れられるという点も。さらに言えば、手作りならではの微妙なアンバランス、不揃いさ加減が温かみを生んでいるのに、沢山の人に受けるようにと、綺麗にキチンと、工業製品のように作ろうとする人が増えているような気がします。

 

 

 それでは、ハンドメイドで作る意義はない、と思うのですが・・・。

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ONとOFF

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4.5cmのおチビちゃん

公務員時代、勤務中がONで、創作の時間がOFFでした。

長い間、勤務でたまったストレスを、創作することで発散しバランスを取っていました。まあ、これは、趣味でハンドメイド作品を作っている人すべてに共通することだと思いますが。

今はどうかというと、創作は強制されたものではなく、自主的に好きでやっているので、勤めていた頃の仕事とは、質的に違うのですが、明らかにOFFの時間ではなくなっています。(ONかというと、そうでもなく、OFFではない何か、としか言いようがありません)

 とにかく、空いた時間があれば作っていますが、発散する行為とは別物です。

 では、ストレスが皆無かといえば、もちろんそんなことはなく、上手くできない、思うように進まない、といったストレスは当然あるのです。

今お勤めしていて、いつかは創作に専念しようと思っている人にアドバイスですが、創作オンリーで、創作とは別の発散行為がないと、毎日がキツイと思います。

僕の場合は、あえて週1回は、作らない日を決めて、映画を観に行くか、日帰り温泉に行くことにしています。

これだけは足りず、それ以外の日は、ウクレレを弾くことで、発散していますが、実は、ウクレレは勤務していた頃はストレスだったのです。

以前は、マンツーマンで教えてもらう教室に通っていましたが、課題をこなすのが大変で、レッスンの数日前から、ストレスを感じていました(レッスンが終わった日は、ホッとして、開放感を味わっていました。)が、今は教室もやめて、好き勝手にジャラジャラと適当に弾いて楽しんでいますが、当然、ウクレレの腕は上達するどころが、下降線の一途を辿っていますが、「今はこれでいいのだ」、と思っています。

 

仕事があるうちは、好きなこと(ここでは創作活動)は空いた時間に、好きなだけやっても問題ないのですが、強制されていた時間がなくなると、好きなことだけやっていると、今度はそれがストレスの対象になってしまう、というお話でした。

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素敵な本の話

このブログを読んでいただいている方は、ぬいぐるみが好きな方が多いと思いますが、皆さんは、「愛されすぎたぬいぐるみたち」という本をご存知でしょうか。

原題は「MUCH LOVED」といって、アイルランドの写真家マーク・ニクソンが制作した、ぬいぐるみの写真集なのですが、本屋で手に取って観たことがある人はご存知でしょうが、なんとボロボロ、ズタズタになったぬいぐるみ達の写真がずらりと掲載されています(なんと、映画「ミスタービーン」に出てきた、あのぬいぐるみも紹介されています。)。

刊行は2017年ですが、見開きで、左側に、そのぬいぐるみの経歴(どんな人に、どれくらいの期間愛されていたか、エピソードを添えて紹介している。)右側に写真が掲載されています。

この本は、全世界に翻訳され、かなり、話題になっているようです。

ネットで写真検索すると、この愛されすぎたぬいぐるみたちの何点かの雄姿を垣間見ることができますが、中には、「そこまでボロボロになるのかよ」とツッコミを入れたくなるくらい、ズタボロの子がいます。

欧米の映画やドラマを見ると、あちらでは男の子も、ぬいぐるみを抱えて寝ているようですが、とにかく、子供が、どこにでも連れていかれた果てに、耳や腕がちぎれ、目がとれて、ほころびを縫い合わされ、痛々しい姿になっても、捨てられずに、大事に保管されていたことを思うと、温かい気持ちになること必須です。

 特に、自分を含め、ぬいぐるみ制作に携わる人は、疲れた時、めげた時に、この本を開くと、ぬいぐるみ制作に関わっていてよかったな、と思うはず。

 どうか、まだ見たことがない、という方も、大抵の図書館にもあるようですので、是非一度ご覧になってください。

 

 (巻末に、自分のぬいぐるみの写真を貼って、エピソードを書き添えるページがついています。)

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ランダムウォークについて

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狐に見えるかな?

このブログを読んでいる方は、夢を追いかけている方が多いと思います。ハンドメイド作家で、有名になりたい。教室を開いて、沢山生徒を集めたい、などなど。

そんな方に、ちょっと、ほっとする話をします。

先日読んだ本に、夢をあきらめないためには、ランダムウォーク理論を知っておくのがいい、と書いてありました。

ランダムウォーク理論とは、対極的なもの、例えばコインの裏表など、プラスマイナスのどちらかが出る、という場合、トータルすると、いつかは必ず55分になるとしても、1万回のうち、確率的に連続でマイナス、プラスがそれぞれ10回くらい連続して出る場合が、ちょいちょいあるそうです。

さらに、その1万回のうち、プラスかマイナスの方向に連続して突出する場合(例えば2030回)が、必ずある、実証すると必ずそうなるらしいのです。

つまり、大きな逆境、あるいは、長い逆境(コインの裏)があるとしても、いつかは必ず好機(コインの表)がくる、と実験で、実証されている、ということです。

これは、少し考えれば、当たり前のことだと思うのですが、逆境の渦中にいると、気づきにくいことではないでしょうか。

大きな逆境が来たり、あるいは、逆境が長く続き、視野狭窄に陥ると、もうダメだ、と思う可能性が高くなりますが、このランダムウォーク理論を普段意識しておくだけで、逆境の時、落ち込んだ気持ちから抜けやすくなるのではないでしょうか。

 夢に立ちはだかる、大きく、かつ長く続く壁も、誰にでも訪れる当然のこと(コインの裏側)であり、そのうちに、コインの表が連続してやってくるはず、とわかっていれば、随分楽になるように思うのですが・・・(と、次にコインの裏側が連続した時、自分に言い聞かせようと思っています。)。

 

 

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Twitterについて

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一応猫ですが・・

Instagramを始めたのは、2016年の10月からで、実は、その2週間後にも、Twitterを始めた経緯がありますが、こちらは半年後に止めてしまいました。

つい最近まで、自分の作品を紹介するSNSは、Instagramに限定していましたが、実は昨年の11月に、Twitterを再開しています。

101610月に両方を始めて、Instagramの方は、順調にフォロワー数が増え、コメントも頂くようになり、その後も、積極的に投稿するようになりました。

ところが、Twitterは、まるでフォロワーが増えず、Instagram200ほど「いいね」が貰えた同じ写真が、Twitterでは、10にも満たないことが度々重なりました。

次第にツイート=写真のアップが少なくなり、2017年の4月頃から、面倒くさくなり、止めてしまったのです(この時のフォロワー数は、Instagram500位、Twitter70位です。)。

展示会でも、Instagramを見ていますよ、というお客さんが数多く現れ、自分を知ってもらう有力なツールであることが認識できましたし、自分に合っているのはInstagramだから、Twitterは必要なし、と決めていました(過去のブログにもそう書いてあります。)。

 ところが、展示会で、何人かの作家さんに、SNSで一番強力な広報ツールは、Twitterだ、と言われて、再開する必要があるかな、と思いつつも、面倒くさい気持ちがあって、自分はInstagramで充分と、自らに言い聞かせてきました。

ところが、2018年の9月のイベントで、ある作家さんが、自分が知られるようになったのは、Twitterのお蔭で、Instagramとは比べ物にならない、と言い切ったので、再開の決心がつきました。

実際に再開したのは2カ月後ですが、前回止めた時点では、InstagramTwitterの違いが良くわかっていなかったのだ、と痛感しています。

簡単にまとめると、InstagramTwitterでは、やっている人が違うということ。

両方やっている人がいても、どちらかに偏っているようだ、ということも、理解できました。

つまり、つまり、ハンドメイド作家でも、作風によって、Instagram向きの人、Twitter向きの人がいる、ということです。

言い切ってしまうと、マニアックな、オタク好みの作風は、Twitterが向いている、ということ(この事実に気づいてから、フォロワー数が俄然増え始めました。)。

思い起こせば、Twitterが良い、といった人達はみな、そういう作風の人達です。

 

自分は、ややTwitter向きの方だと思うのですが、本格的に再開してからは、大きなイベントがないので、その効果のほどは、3月頃に分かると思います。

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デパートのイベント

みんな素敵に出来ました。
みんな素敵に出来ました。

年末の21日には、銀座松屋で実演のイベント、13日には吉祥寺東急百貨店で、ワークショップ(以下WS。)と、立て続けにデパートでのイベントの初体験をこなしました。

どちらも面白かったのですが、13日は、委託で作品を置かせて頂いている雑貨ショップ「TUGUMI」さんの、店内スペースをお借りして、貴重な体験をさせて頂きました。

WSには、5名の方が参加され、(表向きは)大きな事故もなく、夫々に個性的な、写真のような素敵な子達が出来上がりました。

アトリエ以外の場所でのWS開催は2度目ですが、1回目は、2年半ほど前に、下北沢のコワーキングスペースを借りての開催でした(この時は4名の参加。)。

自分のアトリエ内で開催するWSは、道具材料がすべて手元に揃っているのですが、違う場所での開催となると、忘れ物をすると致命傷になるため、2回ほどシミュレーションして、もう大丈夫ということで本番に臨みました。

でも、何か忘れ物をしている気がしてしかたなかったのですが、ペンチを忘れたことを、開催して1時間ぐらいして気がつきました。

針金で繋いでいる眼を本体につける際に、輪を作るために絶対必要になるのですが、気がついた瞬間、青ざめていたと思います。

もう、次の瞬間から、気合で、5人分の針金を指先で曲げていましたが、人間やれば出来るものですね(・・・汗)

全員の仕上がりが異なるように、色々な色のファー、目と口・鼻、手足を用意し、それぞれの参加者が、自分のお好みで、思うままに制作されました。

5人の完成品は、皆さん満足されたようで、こちらとしても、本当に嬉しかったです。

いつもは、イベント時に配布するチラシで来る方が多いのですが、今回は、SNSから、募集をかけたので、参加した皆さん全員が、普段から僕の作品をよくご存じの方だったので、とてもやり易く、今後も、SNSで定期的にワークショップの募集させて頂こうと思っています。

 

これを読んでいただいている方も、是非ご参加ください。

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オーダーについて

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ギュウギュウ詰め

先日、知り合いのテディベア作家さんに、直談判でテディベアを作ってもらえないか、とお願いしたところ、見事に断られました。

この方の作品は、とても自分好みで、ネイアニでは完売していたし、直接交渉して作ってもらおうと思ったのですが、考えてみれば、自分自身が、他からオーダーを受けても、余程のことがない限りお断りしているのに、自分勝手な奴だなあ、と我ながら呆れました(まあ、それだけ欲しかった、ということなのですが。)。Mさんごめんね。

それでも、作り始めたころは、依頼があれば、ホイホイと受けていたのですが、何回かやってみて、大変なプレッシャーであることがわかり、今では原則オーダーは受けていません。

世の中には、受注専門で活動している方もいて、半年先までオーダーが入っています、とSNS上に書いている人は、メンタルが違うのだな、と感心しています。

特に、愛犬、愛猫に似せて作ります、と宣言している方は、もう僕からすれば、信じられないメンタルの持ち主に思えます。

以前、展示会で、お客さんが、ピンクのベアを指さして、「この子と同じで、ブルーの子が欲しい」と言った時、魔が差して、「作りましょう」といってしまったことがありました。

色も、スマホの写真を見せられて、こんな色がいい、と指定され、製作に入りましたが、出来上がったものは、微妙に色が違うし、この子と同じと言われたのに、綿の詰め方で、表情も当初のクマと微妙に違うものが出来ました。

取り敢えず、完成品を写メに撮って、お客さんに見せたこところ、返事がなかなかこなくて、焦りました。結局、当初約束通り、とある場所で、手渡ししたのですが、現物を見せた時に、「嬉しい」と言ってくれたのですが、心底嬉しそうではなく、心が折れそうになった過去があります。

今でもSNSDMなどで、どうしてもあれが欲しい(が展示会には遠くて行けない。)と言われることがあり、現状でも数点は受けているのですが、①いつ完成するか約束出来ないこと、②希望するものと同じではなく、似たものしか出来ないこと、③色や形の指定はうけないこと、を条件にしています。

 

出来れば、完成した作品を、現物(または写真)を見て、納得した上で買って頂きたいものです。

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すこし愛して長く愛して

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怒ってないよ

昔、大原麗子という人気美人女優がいました。

森進一と離婚した後は、なんだか不幸な感じで、2009年に心不全で亡くなってしまいました(享年62歳。)。

その大原麗子が出ていたサントリーウイスキーの思い出深いCMに「少し愛して、ながーく愛して」という名キャッチコピーがありました。

この言葉が本当に好きで、時々ふと思い起こすのですが、ハンドメイド作家として、お客さんやFANから「少し愛して、ながーく愛して」もらえれば最高だな、と思います。

オードリーヘップバーンやBeatlesのように、「激しく(沢山)愛され、長く愛され」ることも、極まれにはあるでしょうが、一人の人が同時に幾つものこと(ぬいぐるみやテディベアだけが好きという人はあまりいませんから。)を長く愛するためには、穏やかな愛し方、愛され方でないと続かないと思います。

どんなジャンルでも、一時に物凄いブームになったモノや人は、忘れ去られるもの早いと思いませんか。

芸人や俳優でも、何十年と続いている人は、ブームとは離れたところにいた人が多いと思いませんか。

僕自身も、ジャンルを問わず、人やモノが好きになった時、一時の情熱が激しいほど、長続きしていません。

マスコミに、「静かなブーム」という言い方がありますが、表立っては騒がれていないが、緩やかに支持されている、ということらしいです。

(但し、飛びぬけて強烈な個性があると、一部の人に熱狂的に支持される傾向にあるようですが、この場合は、ごく少数の人に長く愛されるように思います。)

 

屈折しているかもしれませんが、僕自身は、一部の人であろうが、一時的であろうが、熱狂的に支持されるより、穏やかに、長く、ある意味ゆるく支持される作家を目指したいな、と思っています(作風も穏やかな癒しを狙っていますから・・)。

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本当に好きなこと

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メエー

昨年、僕の友人が公務員を中途退職しました。

現職中から、海外不動産に投資していて、家賃収入で暮らしていける目処がたったので、40代後半に安定した公務員の職を捨てて、独立したのですが、彼は現職時代、ギターを弾くのが大好きで、仕事を辞めたら、ギター弾きまくる、と言っていたのですが、1年経った今、全く弾かなくなってしまったのです。

僕が陶芸教室に通っていた頃も、定年近い会員が、退職したら、思う存分作るぞ、と言っていたのが、退職して暫くすると来なくなる、ということが度々ありました。

僕と同時期に公務員を定年退職した友人は、大の読書好きだったのですが、辞めてからは、すっかり本を読む気が失せたといって、今はDVD鑑賞にはまっているようです。

さて、自分の場合、現職時代は、ビリヤード場に熱心に通っていたのですが、退職後は、すっかりやる気が失せたのです。ウクレレは辛うじて続いていますが、これも、細々という感じ。

どうやら、好きだと思っていたことも、仕事の憂さ晴らし、気分転換でやっていたものは、仕事上のストレスが無くなると、バランスが崩れて、やる気が失せる、言い方を変えれば、やる必要性が無くなってしまう場合があるようです。

しかしながら、ハンドメイドの創作活動は、有難いことに、現職時代以上に熱心になり、続いています。

分析すると、創作活動は、面倒なことや、煩わしいことも含め、生活のメインに据えてやろうとしていたからで、結局仕事が創作活動にすり替わった、ということのようです。創作に関することは、本当に好きでやっているし、とても楽しいのですが、本気でやっているので、思うようにいかないこと、ガッカリすること、ストレスが溜まることもあるのですが、むしろ、それだからこそ、続いているのかな、と思います。

ただひたすら、楽しいだけのことには、深みがなく、気晴らしにしかならないのかな、と思ったりもします。

 

今の、気晴らしは(映画館に出向いての)映画鑑賞、日帰り温泉、音楽鑑賞辺りでしょうか。これらの楽しみで、ストレスが溜まることは皆無ですから。

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