コンベンション雑感2

i-ppoたおか 田岡正臣 下高井戸 東京 テディベア 杉並 ネコ
こんニャーちわ

前回に引き続き、第26回「テディベアコンベンション」出展の感想を書きとめておきます。

 以前は、アピールしたい作品は、棚を置いて、目線の高さに置いていましたが、今年の3月頃に、多くの人は、うつむいて、テーブルの上あたり(床から70~80cm)を見て歩いていることに気づき、それ以降は、棚の上方には、新作や自信作は置かないことにしていますが、今回、さらに気づいたことは、お客さんの流れによっては、アピールしたい作品を右に置くか、左に置くかで、お客さんの注目度が違うということ。

 やはり、人が流れる方向の先頭に、重要な作品を置く方がよいと思います。

 今回、参加者は240名を超えていたので、キャリアのある人気作家以外の人が、お客さんの目を引くのは大変なことです。

 運不運はありますが、テーブルを挟んで向かい側に人気作家が来ると、開場して暫くは、その作家さん目当てのお客さんで溢れるので、その間、お客さんに作品を見てもらえないことになります。

今回は、後ろの方が、高名なベテラン人気作家さんでしたが、後ろなら大丈夫だろうと思っていたところ、僅かな時間でしたが、初日午前中の、その方の抽選会の際は、自分のところまで、お客さんが溢れて出てきました(しかし、その後、その完売したベテラン作家さんの貴重な体験話が聞けたので、むしろ良かったと思っています。)。

今回は、例の大雨の影響で、広島方面の方のブースが空いていましたが、隣のブースが空いていると、寂しい感じがするのか、客足が悪くなると思います。

初日、1日に3回見に来てくれた方がいて、(買おうか買うまいか)迷っているようだったので、こちらから話しかけたのですが、スーといなくなってしまいました。

僕なら、そんな時、話しかけられた方が嬉しいので、話しかけたのですが、周囲の出展者に聞いたところ、最後まで出来るだけ話しかけて欲しくない、という人も結構いて、やはり視線が合わない限り、話しかけない方がいいのかな、と改めて思いました。

 

以前にも書きましたが、やはり、出展回数が多い人ほど、展示がすっきり洗練されており、次回はもう少し、あっさりとした展示をしていきたいな、と思いました。

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コンベンション雑感1

外観はカッコいいです
外観はカッコいいです

去る77日~8日、第26回「テディベアコンベンション」出展が無事終了しました。

今年も、各種イベントが大いに盛り上がっていました。

昨年までの有楽町国際フォーラムとは打って変って、今年は高田馬場「ベルサール高田馬場」で開催されたのですが、この会場は、天井も高く、昨年までの会場と、ほぼ同じ広さがあって、出展者としては、おおむね満足感が得られました。

但し、お客さんは、休む場所(腰掛ける場所)が少ないという、不満があったようです。

今年からオリンピックが終わる年まで、この会場かと思っていたのですが、来年は、なんと、浅草の、東京都立産業貿易センター台東館(ドールワールドフェスティバルが開催される会場)で開催されるとこのと。

 

今年で2回目となる自分自身の展示ですが、お陰様で、昨年と比して、足を止めてくれるお客さんも、かなり増えてきました。

本当にありがたい限りですが、素通りする方も、まだまだ多く、今回、どうすれば、一人でも多くの人に見てもらえるか、考えてみました。

(作品の質を上げる、というのは、この際棚上げにします。)

展示のセンスは、まあ急には良くならないので、徐々に対応していこうと思っていますが、まず、展示する作品点数を減らすことにしました。

初日の朝、いつも通り、置けるだけ置こう、というスタンスで、ギチギチに詰めて並べたのですが、周囲の人気作家さんの展示が、明らかに自分の半分くらいの展示数であることに、ふと気づいて、初日の昼過ぎから、大幅に間引きました。

すると、明らかに足を止めるお客さんが増えたのです(理由はいろいろ考えられますが、ギチギチの展示=沢山在庫を抱えた売れない作家という、お客さんの無意識の反応があるのでしょうか?)

自分としては、手元に残っている作品は、出来る限り見てもらいたい、という思いがあったのですが、まあ、荷物も減ることですし、次回のイベントから、展示数を従来の6~7割(それでも、一部の作家さんより、まだ多いかも。)にすることにしました。

 

(次回に続く。)

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ワクワクの意味

i-ppoたおか 田岡正臣 下高井戸 東京 テディベア 杉並 ナマケモノ
チューバッカじゃないよ

恐らくこのブログで一番多い動詞が、「ワクワクする」だと思います。

創作行為に関しては、どうしても「ワクワクする」という言葉が多くなりますが、僕自身、ある程度意図的に使っています。

ワクワクする、と書いただけでも、なんとなく気持ちが高ぶってくるからです。

辞書で調べると、この言葉の意味は、「将来起こる良き出来事に対して期待感を持つこと、期待に胸を膨らませること」となっています。

英語ではexcitingというそうですが、僕がワクワクするという言葉を使う場合は、この「将来起こることに対する期待感」という意味では使っていないことに、最近気づきました。

何故なら、現在進行形で起こっていることに対しても、ワクワクするからです。

(スピリチュアル系の本にワクワクする、という言い回しが数多く出てきますが、こちらに近いかも。)

他の言葉で置き換えると、「ときめく」というのが一番近い(ドキドキも近いのですが、不安な時も使いますので、少しニュアンスが違います。敢えて言えば、他はウキウキが近いかも。)のですが、おそらくは、近藤麻理恵さんの世界的ベストセラー「人生がときめく片付けの魔法」で使っている、「ときめく」が自分の考える「ワクワクする」に一番近い言い回しかと思います。

ときめく、という言葉は、英訳が難しいようです。

そこで、「人生がときめく片付けの魔法」の「ときめく」が、英語でなんと訳されているか、と調べてみたところ、なんと「spark joy」(喜びをスパークさせる)でした。

Sparkは、火花を出すという意味です。

自分は、この「spark joy」という意味で、ワクワクする、という言葉を使っていたのか、と思い当たりました。

これから起こることだけでなく、展示会に出る、〇〇を作る、□な未体験の素材を使う、△な新しい手法で創作する時、喜びがスパークしているな、と思うと、実にしっくりきます。

かつて大きな組織にいた頃、仕事で、「喜びがスパーク」したことは、殆どなかったな、と思った次第です。

 

 やはり、いつもワクワクしていたいですよね。

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放置する

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野うさぎです。

自分の作品が、他人の眼にどう写るか判断するのは、とても難しいことです。

誰もが、作品制作にのめり込み、のめり込むほどに客観的判断が難しくなります。

かつて絵を日常的に描いていたころ、自分の作品を一歩離れた視点でみるために、しばらく放置する、という方法をとっていました。

具体的には、8割くらい完成したところで筆を止めて、部屋の片隅に立てかけておきます。

外出して、家から帰った時、無防備な状態で、ふと絵に目をやると、最初の数秒(場合によっては瞬間)、ある程度客観的な視点で、自分の描いた絵を、鑑賞することが出来ました。

これは、例を挙げると、街中で、無防備で歩いている時、不意にガラス張りのビルを通過する際に、自分の姿が鏡に映った時の感じです。

大抵の場合、相当無様な自分の姿(これが本来の自分の客観的姿らしいのですが。)が映っており、誰しも、いや自分はもっとマシ、もう少しカッコいいはずだ、と思うのではないでしょうか。

実は、誰しも、家で鏡を見る場合、自分の都合の良い風に、脳が瞬時に補正しているらしいのです(服を買う時に、ショップに映る自分の姿も同様)。

なので、もう一度戻ってガラス張りの壁に自分を映すと、今度はしっかりと脳が補正してくれるので、「さっきの姿は、見間違いだった」と解釈し、ホッとする訳です(時々スマホの写メで、突然自撮りモードになった時も、瞬間とっても情けない自分の姿が映りますが・・・・(トホホ)。

現在も、この方法を使って、ある程度、作品の補正をしています。

アトリエのあちこちに当分の間、自分の作品を放置しておきますが、見ようとして観た場合でなく、ふと無防備に目に映った瞬間「あれ、なんか〇〇がおかしい」「おや、〇〇が不自然に大きい(小さい)」「バランスが悪い」と気づきます。

この方法は、同じ作品に対して何度でも、繰り返し、確認できますが、ある程度繰り返すと、客観的な視点が働かなくなるようです(でも、1年ぶりに、また、ふと見ると、また他人の眼で見ることが出来るのですが。不思議なものです。)

気になる方は、是非お試しください。

 

 

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instagram雑感

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まめに投稿してます。

1年前、このブログで、SNSの中では、インスタグラムが一番自分に向いている、ということ、その理由について書きました。

あれから1年が経過し、最近は「いいね」が700を超える投稿が多くなりました。

作品を発表する方に、Instagramは最強のツールの一つだと思いますが、これだけ見てくれる人が増えたのは、僕なりの工夫があったからです。

今回は、それについて簡単に、ご紹介します。

(フォロワーを増やすだけなら、誰にでも簡単にできます。ソフトに巡回させ、ハッシュタグをキーワードに自動的にこちらからフォローしにいくと、一定の割合でフォローバックがあるので、確実に増えていきますが、この方法だと、実際に自分の投稿を見てくれるフォロワーが増えるわけではないので、フォロワー数に比べて、「いいね」の数が極端に少なくなります。また、フォロワーや「いいね」をお金で買うことも出来るようですね。)

今回ご紹介するのは、実質的に投稿を見てくれる人を増やす工夫であり、地道な方法です。

 

1 タイムラインを毎日チェックし、良いと思った投稿には、こちらから「いいね」をする。

どうも、自分の作品をアップすることに夢中になって、人の作品に共感することを忘れている人が多いのでは、と思います。コメントも時々します。最近は、コメントを頂いた場合、極力コメントバックするようになりました。

 

2 検索等から、自分の興味があるキーワードで他の人の投稿をみにいく。

例えば、僕の場合なら、#ハンドメイド、#テディベア、#手芸、#かわいい、#イラストなどなど(もちろん英語でも検索します。)で検索。

そこで、自分と波長が合う、気に入った投稿を見つけると、その方のページにいって、良いと思った投稿に複数の「いいね」をします。

これに対して、僕の作品を見て複数の「いいね」を返してくれた人(ここが肝心で、こういった方は、人の投稿をしっかり見ている人で、かつ僕の投稿に興味がある方。いきなりフォローだけをしてくる方は、他人の投稿に興味がない方の場合が多いようです。)に、こちらからフォローします。大抵の場合、フォローバックがあり、こういった方々は、その後も熱心に僕の投稿を見てくれる方が多いようです。

 

なお、普段、自分の投稿に対して、「いいね」+フォローしてくれた方は、原則フォローバックしていますが、単にフォローだけをしてきた方は、ソフトで巡回している人が大半と思われますので、フォローバックはしません。

 

以上が、僕の工夫ですが、定期的な投稿も大切ですよ。

 

沢山の方に見てもらいたい人は、試してみてください(僕のページはippoで検索してください。)

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DWF終わる

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ブヒー

ドールワールドフェスティバル2018が、一昨日無事終了しました。

このイベントをお客として観始めてから7年、出展して3年目になりましたが、7年前と比べると、記憶にある限り、出展者も相当入れ替わっています。

以前、他のイベントのスタッフの方に聞いたら、毎年2割ほど新規参入の方がいるが、3年以内に出展を取りやめる人がとても多い、と聞いていたので、「やはり」という感じです。

今年は、陶人形(ビスクドールを除く。)を出展したのは、自分一人でしたが、3年前は他に陶器の出展者が3人ほどいました。

嬉しいことに、今年は、僕も、他の出展者に「〇〇は何処にあるのか」と尋ねられるほど、態度に余裕が出てきたようです。

2日目は、お客より、出展者の方が多いくらいでしたが、まあ自分としてはトータルで、満足のいく結果でした。

イベント出展のメリットは、作品に対するお客さんの評価がダイレクトに分かることですが、インスタである程度、作品の評価が予測できても、実際の生の会話を交わしながらお客さんの反応を伺えるのは、今後の作品作りにとても参考になり、大変有難いことです。

しかし、短期間に多くのイベントを入れると、改善の機会がないまま、次のイベントが来てしまうので、今年はイベント出展の回数を減らしました。(昨年は12回もイベントに出展し、1か月で2回出展したこともあったので、正に無改善状態で出展することも多々ありました。)

また、なんといっても、もうひとつのイベント参加のメリットは、周囲の他の作家さんと、情報交換できることです。これは、本当に助かります。

今回も、数名から、とても有難い情報を頂き、それだけでも出展した価値があったと思います。

やはり、委託販売や、ネット販売だけでは、いろいろな意味でダメだな、と思います。

自分自身も、他の作家さんに対して、役立つ情報の提供者でありたいな、と思っていますが、そのためには、日々の様々な方面からの情報収集と勉強が欠かせませんね。

 

 

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作品展近づく

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何見てんだよ

いよいよ今週末の2日間は、3回目のドールワールドフェスティバルです。

展示用の棚も少し変えて、展示作品も絞っていこうか、と思っています。

今回は、久々に陶器の作品を出すため、宅配便で昨日梱包して送りました(手持ちはさすがに、重たくて無理です。)。陶器以外は手持ちです。

展示会前の一週間は、最初のころは、ワクワクだけだった(その頃書いたブログを読むと、ひらすらワクワクしていたようです。)のですが、近ごろ、ワクワク半分、ザワザワ半分でどうも落ち着きません。

ワクワクは、新作がどれだけお客さんに受け入れられるだろうか、といった気持からくる楽しみ(インスタの投稿である程度予測がつくようになったのが、ワクワクが減った原因かも?)なのですが、ザワザワというのはちょっと説明が必要ですね。

他の人はどうかわかりませんが、この自分に起こるザワザワ感というのは、何か重大なことを忘れてはいないだろうか、という漠然とした不安が半分、期待通りの結果になるかドキドキしている、とうのが半分、といったところでしょうか。

完全に説明しきれていないと思いますが、どうも変な欲がわいてきたのかも。

学生時代の期末テスト前夜に似た気持ちといえばいいでしょうか。

展示会に向けての作品つくりは、3週間前から5日前あたりまでがピークで、どうも直前の3~4日間は、何もしないまま時が経過します。

本当は、もっと制作に力を入れれば、展示会に間に合うものもあるのでしょうが、ギリギリ直前まで作っている、ということは、まずありません。

焦って作るのはかえって良くない、と思うのですが、普段通りの、自然体で制作したいのです。

大体、教室の案内チラシを印刷したり、本を読んだり(なぜか読書熱心になる。)、急いで観る必要もないDVDを観たり、何をしたのかはっきりしないままに、3~4日間が過ぎています。

今度こそ、ペースを乱さず、通常ベースで、平常心で臨もう、と思っているですが、果たしてどうなるか。以前のようなワクワクオンリーの展示会にしたい、と思っています。

(このブログを書こうと思っていたせいか、今日一日はペースを乱すことなく、普通に過ごせました・・・。)

 

 

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個展の失敗談

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しょんぼり・・・

今回は自分の個展での失敗談をお話しします。

先日、以前通っていた某教室(なんの教室かは敢えて伏せます。)の先生から、作品展開催のお知らせハガキを頂きました。

久々にお会いし、じっくりとお話ししたいと思い、イソイソと出かけました。

先生はお元気そうでしたが、先客と話し込んでいたので、暫く離れて作品を見ていました。

気がつくと先客が帰っていて、先生が近づいてきて、「お久しぶりです」と話しかけてくれました。二言三言話した直後、新たにお客さんが来て、先生は「ちょっとごめんなさい」と言って、その客の方へ行きました。とても大事なお客さんだったのでしょう。

そのお客さんが帰ったら、じっくりと話そうと思い、しばらく絵を見るふりをして待っていましたが、相当な時間の経過後、新たなお客さんが来て、先生はそのお客さんのところに行きましたので、さすがに諦めて、先生にお別れのご挨拶をして帰りました。

数年前に開催された作品展の時は、20~30分くらいお話が出来たのに、と思いながら、トボトボと帰りました。

帰り道、突然、脳裏に浮かんだのは、2年半前に、自分が個展を開催した時のことです。

「あっ、自分はもっとヒドいことをしていた。」と気づいたのです。

4日間の開催期間中、お客さんが少なくて、暇なときもあったのですが、土日のピーク時は、一度に4人位集中的にお客さんが来たことがありました。

その時、何名かの知人・友人を、殆ど会話も出来ないで、返してしまったのです。

しかも、中には、かなり遠方から来た人もいたというのに・・・。

僕は、自分が作品展に招かれたとき、主催者と長話するのは、新しいお客さんが待っていない時だけにしています。ところが、個展や作品展に行き慣れていない人の中には、久しぶりに会えた主催者と話したいがために、周囲が見えていない人も、結構いるのです。

自分も、あの人とまだ話していないのに、と思いつつ、中々目の前の人の話を遮って、次のお客さんにところに行けなかったことを思い出しました。

 

先生が、話を切り上げることが出来なかったのもやむを得ないと思うとともに、トボトボと帰った自分の気持ちを胸に刻み、次に個展を開催した時は、目の前の人との会話を遮る勇気を持って、観に来て頂いたすべての人と充分な会話ができるようにしよう、と思った次第です。

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リアル志向

これ蝋人形だそうです・・・
これ蝋人形だそうです・・・

人間や動物をモチーフにして作品を制作する場合、出来る限り本物に近づけるか、それは二の次にして、作り手の個性を発揮させる方向で制作するか、大きく、二つの方向性がある、と思います。

蝋人形が、人形をモチーフにする場合、リアル志向の最たるもので、少し離れたところから見れば、本当にそこに人間がいるかのような臨場感があります。

勿論、リアル志向と、個性志向が全く相いれない訳ではなく、リアルを目指しつつ、個性も発揮する、という作り手もいます。

僕自身は、例えば、キツネをモチーフにする場合、リアルであるかどうかは二の次で、オリジナリティがあれば、後はそれが第三者に「キツネ」であることが分かれば十分、それ以上意図的に本物に近づける必要はなし、と思っています(勿論、本物に近づけるのが大変難しく、時間がかかることも理由のひとつですが。)。

さすがに、「キツネ」を作ったつもりが、殆どの人に「ネコ」に見えるなら、もうモチーフとしてキツネを選んだ意味さえなくなる、と思います。

但し、キツネに見えようが見えまいが、作品の魅力自体を損なうものではない、と思っています。

現に、何のモチーフか、どの動物かわからない(架空の動物かも)作風の作家でも、素晴らしい作品を作る人がいます。

ところが、一般的には、普段アート作品やハンドメイド作品に興味がない人ほど、リアル志向の作品を「凄い」「上手い」と評価します。

勿論、アート好き、ハンドメイド好きにも、リアルな作品が好きな人もいるのですが、僕の知る限り、深みにはまるほど、リアルより個性を尊重する傾向にあるように思えます。

リアルな作品つくりは、モチーフを現実に近づけることに大変な努力と技量が必要で、そのスタンスを否定するつもりはありませんが、それが最終的に自分の個性を発揮するために必要な「リアル」でなければ、その人が作った証がない、と思うのですがどうでしょう。

 

限りなくリアルに近づけば、皆同じような作品になると思うのですが・・・・。

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さようならヌイブックス

もう、この素敵なお店はないんです。
もう、この素敵なお店はないんです。

昨年の秋から作品を常設で置かせていただいていた、小田急線豪徳寺駅前の素敵な本屋兼雑貨屋さん「ヌイブックス」が急遽518日に閉店となりました。

昨年の「グラスハープ」に続き、2年連続で自分がかかわったお店が閉店したのは、とても残念です。

作品は、有難いことに、店内の雰囲気にぴったりだったようで、お客さん(特に小さいお子さん)の評判も上々で、毎月何点か売り上げがあったのですが、店主の池谷さんが思うほどには、全体として、店を続けていくほどの売り上げがなかったのでしょうか・・・。

昨日(25日)、作品の回収に訪ねたところ、もう本や雑貨はすっかり片付けられており、お店の中はガランとしていました。

お店はいつも夢に溢れていて、キラキラと輝いていたので、さぞかし寂しさが充満しているかと思ったのですが、店主の池谷さんは、凛として、むしろ清々しささえ感じました。

もう、次の働き先も決まっているとのこと。

以前、本が大好きで、一生本と付き合っていく、とおっしゃっていましたが、にこやかに「本屋さんに勤務する」と言われました。

ああ、この人の人生はブレないんだな、と思いました。

思えば、殆どの人は、夢を持たないか、持ったとしても実行に移さないで終わることを思えば、短い間とはいえ、勇気を振り絞って、オーナーとして店の経営に携わることが出来たのです。

ふと、以前いたコワーキングスペースのメンバーで、10代で北海道から出てきて、20代後半まで、バンド活動(メジャーレーベルからCDも出したそうです。)をして、今は仕出し弁当の会社を経営している人を思い出しました。

彼は、一度、思いっきり夢を追いかけたので、もう「人生に悔いはない」、と言っていたのですが、その言葉を思い出しました。

僕にも道半ばの夢が二つばかりありますが、途中退場しても、池谷さんや彼のように、爽やかな笑顔で退場できればな、と思います。

 

 

お店までわざわざ足を運んで頂いた方、本当にありがとうございました。

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達成感と充実感

i-ppoたおか 田岡正臣 下高井戸 東京 テディベア 杉並
ちょっと怒ってます?

展示会などで、作品を観て頂いたお客さんに言われて最も嬉しいのは、「見ているだけで楽しくなる」といわれることですが、それと同じくらい嬉しいのが「作っていて楽しいでしょう」といわれることです。

よく、仕事の達成感が、やり甲斐につながるといわれますが、個人的には、この達成感という言葉、かなり胡散臭いと思っています。

長い間、勤め人として仕事をしてきましたが、常に節目、節目の達成感はありました。

でも、残念ながら、今この瞬間、瞬間に満足している、という充足感、充実感は、今より少なかったように思います。

面白いことに、どんなに嫌な事、イヤイヤやったことでも、完成したり、終了したりした時点で達成感があります。

懲罰や拷問として、掘った穴をまた埋める、という行為を繰り返しやらせる、というのがありますが、穴を掘るだけなら、この穴は、きっと何かの役に立つ、と思えれば、埋め終わった後には達成感があると思います。

そんな視点でみれば、「やり甲斐」という言葉は、僕にとって、かなり胡散臭いもので、誰かに強制された面白いと感じない仕事でも、普通に、達成感=やり甲斐は感じるからです。

冒頭に書きましたが、僕は創作している間は、生みの苦しみもありますが、大抵は、楽しんで作っていますので、その瞬間の充足感・満足度はとても高いと思っています。

食事に例えれば、充実感なら、一口ごとに味わって食べること、達成感なら、食べ終わってから、「ああ美味しいものが食べられた」ということだと思うのですが、この差は、ものすごく大きいと思いませんか。

食べた物自体のおいしさに違いはありませんが、その行為(この例えの場合、食べるという行為)自体に喜びを感じてるいかどうかで、時間の密度は相当変わってきます。

人から依頼を受け、一定のテーマに沿って作る行為も、面白いことは面白いのですが、自分で、自主的に、自由に、思いのままに作る行為が一番楽しいのは、作る「行為」事態を楽しんでいるからに違いありません。

すべの作品について、そのように心底楽しんで作っている訳ではありませんが、少なくとも、楽しんで作った作品は、制作し終わった時点で、完結しています。

人からの依頼によるもの、売れることを強く意識して作ったもの、これらは、売れるまでは、完結しないような気がします。

 

 

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創作の醍醐味

i-ppoたおか 田岡正臣 下高井戸 東京 テディベア 杉並
ずらり勢揃い

このブログを見て頂いている方の多くは、ご自分でも何かを創作しているのではないでしょうか。

創作をするのは、本当に「楽しい」ですよね。

でも、創作行為の、どの部分が楽しいか、というと、これは人によって大きく異なるように思います。

創っている最中が楽しいのは当たり前ですが、僕自身一番楽しいのは、何を作ろうか、どんな風に創ろうかと、あれこれ考えている時です。

実際の形になる方が少なく、アイデアだけで終わるものの方が多いのですが、この段階では、失敗するとか、思い通りにいかないでガッカリするとか、ネガティブなことは発生しないので、もうひたすらワクワクするだけです。

例えれば、旅行前に、あれこれプランを練っているようなものでしょうか。

これの良いところは、電車の中、風呂の中、それこそ、至る所で出来ること。

何か、嫌なことがあっても、次の作品のことを考えれば、(考えている間は)すっかりわすれることができる、というメリットもあります。

創作中で、楽しいのは、初めて試みる行為です。

試行錯誤しながら、自分の思う通りに出来たら、本当に楽しいです。

新しい素材、新しい形、色、モチーフ、もう書いているだけでワクワクします。

とても人気があった自分の作品を、ほぼ同じように再現する(滅多にありませんが、人に依頼されたらやる場合もあります。)のは、あまり楽しくも、面白くもありません。

少なくとも、前回うまくいかなかった、思い通りにいかなかった部分を改善する行為がないと、楽しくないですね(前作とは別のものが出来ますが。)。

でも、これはあくまで僕個人のことで、作る行為なら、なんでも楽しい、という人もいますので、作り手としては、この境地が一番お得ではないでしょうか。

創った作品を人に見てもらい、感想を頂くのも楽しいですね。

こうやって、今書いたものを読み返すと、本当に「創る」ことに出会えて、有難いなあ、と思います。

何か創り始めようかと、思っている方、今日からでも始めてください。

人生が、うんと楽しくなることをお約束します。

 

 

 

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