実力とマグレ

i-ppoたおか 田岡正臣 下高井戸 東京 テディベア 杉並
いろんな鳥がいるね

三浦朱門のエッセイで、なるほどと思った話。

三浦は、アスリートの例をあげて、次のように、マグレに振り回される人生を説明していました。

100メートルを平均10秒3で走る陸上選手がいたとする。この選手がたまたま、絶好調で、10秒を出した。ここが不幸の始まりで、この選手は調子の悪い時は10秒5で、最も調子の良い時が10秒2なのである。周囲は、10秒が切れるかもしれないと言い、本人もこれを目指そうとする。オリンピックの強化選手に選ばれ、死ぬような苦しい努力をし、調子の良い時は、10秒1~2の記録が出せるようになる。さて本番で、10秒2の記録を出し、予選落ちしたとする。周囲はガッカリし、本人も挫折感を味わう。本当は、当人の記録の中ではベストの部類でも、マグレで出した記録に引きずられて、周囲の評価に引きずられて苦しい不幸な人生を歩むことになる。」

いかがでしょうか。アスリートにありがちな話ではないでしょうか。

しかし、アートや音楽などの世界では、結果が数値で出ないので、もっとたちが悪いと思います。三浦朱門は、エッセイの中で「もっと謙虚になり、自分の中で最低レベルがどこか、をよく理解しておけ」と書いています。

ハンドメイドの世界も、良し悪しが数値で測れないので、たまたま、まぐれで良い作品を作り、周囲の評価を得られれば、それが自分の実力と思い、その後、(本当は不調ではなくても)自分の不調に苦しむことになるのです。(マグレで賞をとったりすると、もっと悲惨です。)

その程度の実力なのに、スランプだ、おかしい、と悩み続けるのですから、どちらかというと喜劇です。

特に作家としてのスタート時点でこのマグレがあると、そもそも、自分の才能やレベルを度外視して、大きく勘違いをしてしまう危険があるのではないでしょうか?

自信があることはいいことだと思うのですが、自分の中の最低レベルだけは、出来る限り正確に理解しておきたい、と思います(ちょっと辛いですが、失敗作などない、すべて実力のうち、と考えて間違いないかも。)。